HooK::HawK note*

Nov 23
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 いつだって、社会を失った密室的な関係は、消えるか逃げるか死ぬかくらいしかないんですが、そういう「幾重にも濃密な関係」というものにたまらないロマンを見出すわけです。

 個人的な話になりますけど、俺が社会的な承認とやらにほとんどアレルギーめいた反応を示すのは、崩壊家族に育ったのが原因だと思われます。自分の家族がおかしいっていうことに気づいたのは、中学校入ってからあとのことだったんですが、その前は、みんなが「家族」と称している集団は、あれはみなの途方もない偽善やら努力やらのはてに成立している砂上楼閣のようなものだと思ってました。つまり「あれはニセモノであり、いずれすべて崩壊する運命にあるのだ」と思っていた。ならばそこに憎悪はからまないはずなんですが、それがあったあたりは「本当はあちらが正常で、こちらが異常なのだ」ということに無意識的には気づいていたからかもしれません。

 なんというか、うらやましかったんでしょう、おそらく。

 ただ、そのへんが遠因になっていて、いまでも俺は、あるべき幸福な人間関係が「家族」という概念に収束していくさまを眺めると、脊髄がそれを拒絶する。「母性」とか「母親」も同様ですね。無条件で受け入れてくれる、愛してくれる、やさしさや湿度のようなの、そうしたものを見てしまうと、苦い唾がこみ上げてくるような感覚がある。このへんの感覚は、似たようなものを持っている人にしかわからないと思うんですが、とにかく「母親」という概念に近いものを見ると、それが非常に不快な気持ちの悪いもの、人を飲み込む悪意そのもののように思える。

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とりわけプラトン以前の初期ギリシャ哲学で繰り返し主題化されてきたように、〈世界〉と自在に接触できる人かどうかで、人間の質が決定的に異なるのです。端的にいえば、〈社会〉の中しか見えない人間にはヘタレが多い(笑)。何かというと不安や不信で右往左往するのです。〈世界〉と接触する力を持つ人間は、不安や不信でおたおたせず、内発性に基づいて前に進みます。ハナ・アーレントなら「依存か自立か」と仕分けします。

 プラトン以前の初期ギリシアは自立を推奨し依存を退けました。〈世界〉に感染する力のある者は〈社会〉の原理――意味や立ち位置――に縛られず内発的に前に進めます。この内発性とは〈世界〉に感染する力です。こうした力のない者は意味や立ち位置を気にして〈社会〉を生きるしかない。初期ギリシアのアテネでは市民が全て重装歩兵でファランクス(集団密集戦法)という戦闘形態をとったことが、こうした価値観をもたらしました。
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 さっきジャック・マイヨールに触れたとき「北」と「南」の話が出ました。「北」と「南」のどこが違うのかってことなんです。〈世界〉という全体性との接触を憧憬するロマン派の中にも、峻厳な山並やリアス式海岸に象徴されるような北方的なものや北欧的なものに関心を持つ勢力と、シチリアやマルタ島といった南欧的なものに関心を持つ勢力と、ふたつあるんですね。

 歴史を振り返っても、事を起こして社会の中でいられなくなったときに、「北」に逃げる連中と「南」に逃げる連中がいるんですよ。実は「南」に逃げるやつは『ソナチネ』じゃないけどヤクザが多い。「北」に逃げるやつは過激派みたいなカタギの思想系に多いようですね。

 ロマン派の問題もあって、これは何なのかなって考えてきて、何となくこうじゃないかなと思うことがあるんです。キーワードば「人の海」ですね。ランディさんが『7-days in BALI』にも書かれているように、「南」のインドとか東南アジアを旅行する経験が与えることは何かというと、「人の海」の中に沈むという経験です。日本や欧米にいるときには自明だったはずの「個人の尊厳」という観念が急速に漂白されて「ここで俺が死んでも誰も気がつかないんだろうな」と感じる。しかしそれが不思議と幸せな感覚なのですね。

 「北」のツンドラで死んでも誰も気がつかないでしょう。でも意味が違う。氷や雪の中で静かに凍死していく感覚と、人の海の中にホワイトノイズのように消える感覚は違います。「北」に行っても「南」に行っても、自分の輪郭を成り立たせてきた〈社会〉のイメージが溶解して、未だ経験したことのない全体性のイメージが立ち現れるのは、確かに同じです。でも〈社会〉のイメージが溶ける仕方が違う。「北」では〈世界〉の絶対性が立ち現れ、その前で〈社会〉が相対的なものとして縮んで消えていく。「南」では〈社会〉の絶対零度が立ち現れ、その前で既知の〈社会〉が幻のように霞んでいく。

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 人の海[−]で肥沃さ[−]を「北A」とします。人の海[−]で肥沃さ[+]を「北B」とします。人の海[+]で肥沃さ[+]を「南A」とします。人の海[+]で肥沃さ[−]を「南B」とします。こうした〈社会〉分類は宗教社会学で重視されます。「南A」の典型がポリネシアです。自然が豊かなので、自然は「非競合的」な公共財になります。そういうところでは女という財も「非競合的」に扱われ、性愛規範が緩くなります。女の労働力の希少性が高くないところでは、俗に言う「やっても減るもんじゃない」という性質が前面に出る訳です。

 ところが「北A」では逆に、食うためには多くの労働力が必要で、労働力の希少性から女という財が希少になって「競合的な財」になるので、性愛規範が厳しくなります。「北B」だと、食うために必要な労働量は多くないので、労働力の希少性はありませんが、人が疎らなので物理的にシェアしずらくなります。「南B」は人口が密集するので、労働力の希少性ではなく労働機会の希少性が焦点化されて、売買春化しやすくなります。
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 こうした違いを含めて「南」と「北」の違いを再確認すると、さっきの定義では「北」とは人がいない場所を言うので、実は砂漠も含まれることになります。人の海に揉まれて生きるがゆえに社会的承認力も社会的制裁力も強い「南」では、規範のキツいユルいに関係なく人は〈社会〉を気にして生きるしかないけど、人が疎らで社会的承認力も社会的制裁力も小さい「北」では、こうした承認と制裁の力を〈社会〉の外にある存在、すなわち超越神ないし唯一絶対神へと、投射しやすくなります。

 この超越とか絶対というのは神学的には契約の片務性を意味します。人間と取り引きしないし、取り引きしたように見えて一方的に破るということです。これに対し、人間と取り引きする「御利益神」があります。「南」では、社会的承認力や社会的制裁力の延長線上に「御利益神」を創造しますから、自動的に多神教的なコスモロジーを構成します。部族が違えば違った神がいて、あれこれ離合集散を繰り返し、シンクレティズム(宗教的習合)が進んだ結果、「人がいっぱいいて、いろんな神がいて」というイメージになります。

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ワーグナーは、ナチスドイツの好んだ後期ロマン派を代表する音楽家。ドイツ民族の崇高なる精神共同体を引喩するような音楽を繰り返し作りました。ニーチェはワーグナーが嫌いでした。正確には、愛深きがゆえに憎しみも深し。ニーチェはワーグナーのロマン派的感受性に憧れた。でも同時にワーグナーの極端な俗物性が我慢できなかった。音楽家、特にオーケストレーションを実現する音楽家は、建築家と同じで、あらゆるリソースを動員しなきゃいけない。いろんな人に取り入り、いろんなところから金を集める。人を騙しながら手足のように使い、建築家だったら建物を建てるところをオペラを作るんです。

 ニーチェはそれを「不純だ」と見なしたんですね。どうなんでしょう。〈世界〉に接触できる人が〈社会〉にまみれることは不純でしょうか。あるいは、より効果的に〈世界〉に接触するために〈社会〉的資源を狡猾に動員することは不純でしょうか。あるいは、ニーチェの如きプラトニズムが純粋なのでしょうか。初期ギリシア的なものをノイジーなものだとして終わらせたプラトン自身の評価にもつながる話です。僕の結論ははっきりしている。生半可な奴だけが「不純だ」として嫌うんです。

 なぜ〈社会〉にまみれるのを嫌うか。むろん、そんなことで崩れる程度の〈世界〉との接触体験なのかというのもあるけど、もっと論理的な問題もある。〈社会〉なんかどうでもいいと言うのだったら、関わって関わらなくてもグライヒギュルティッヒ(等価)であるはず。それを不純だとかゴニョゴニョ言う時点で、逆に“なんで〈社会〉にそんなこだわってるの?”とかえって反問されてしまいます。ヨーロッパでは、プラトン以降のこうした主題に関する思考の伝統はかなり分厚い。そうした分厚い思考伝統に触れると、“〈世界〉に接触できる人が〈社会〉にまみれることは不純か”という、僕だけでなくいろんな人がつきあたる疑問に対する解答のパターンが、すでに示されていることが分かります。

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演習では、西部アラクの実験用重水炉や中部のイスファハン、ヤズド周辺の核関連施設への攻撃を想定。イランの核兵器開発を疑うイスラエルは、核施設への攻撃も辞さない構えを見せている。
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自分の脳みその中に知識を溜め込んでおく「記憶力」や「知識量」はあまり役に立たない

Life is beautiful: ネットの時代には「知識量・記憶力」よりは「適応力・応用力」の方がずっと大切

んだ。あそこに確かあれがあったっけ、でよいのだ。

(via dtybywl) 2007-05-29 (via yasaiitame)

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Nov 22
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シド・フィールドは、自分のやり方が「全てのストーリーに当てはまる」というようなことを言っているが、これは間違っている。そのことを明確に示しているのが『マトリクス』三部作の失敗なのだ。ウォシャウスキー兄弟の能力が低かったから失敗したのだとシド・フィールドは思っているのだろうが、そうではない。あの作品の失敗は、ハリウッドのマニュアルの限界それ自体を示している。そこで、ここでは、『マトリクス』の脚本の構成を分析しながら、そのことについて少し細かく書いてみたい。

 ハリウッドのマニュアルの基本としてあるのは、大ざっぱに言うと「まず作品の全体像を調和ある形で整え、そこから逆算して細部を決定していく」ということだ。このような考え自体は、欧米では目新しくも何ともない。というよりはむしろ、このような考えこそヨーロッパの思考の保守本流だと言うべきだろう。昔からあるストーリーテリングについての考えを、誰でもすぐに使える形にシンプルに整理したものこそ、現在のハリウッドのマニュアルなのだ。

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